東フランク王国が近代ドイツに与えた影響と衰退繁栄の要因は!

ドイツの前身はフランク王国です。

現在の「ドイツ」という国の原型は、西ヨーロッパに

君臨した**フランク王国(5~9世紀)**に遡ることができます。

フランク王国の誕生

カール大帝の死後、フランク王国は3分割され、

西フランク王国 → 現在のフランスの基盤

中部フランク王国 → イタリアやロタリンギア

(現在のベルギー・オランダ・ルクセンブルクを含む)

東フランク王国 → 現在のドイツの直接の前身

つまり、東フランク王国が「ドイツ」の出発点と言えます。

ドイツ建国にもっとも影響した王国

もっとも直接的に影響したのは**東フランク王国(東フランク帝国)です。

さらにその後、10世紀に登場したオットー大帝(ザクセン朝)**のもとで

「神聖ローマ帝国」が形成され、これが「ドイツ」という政治共同体の

長期的な枠組みとなりました(962年成立~1806年解体)。

要するに:

東フランク王国 → 神聖ローマ帝国 → ドイツ諸邦

と発展していきます。

近代ドイツが繁栄・衰退した要因

ドイツは統一国家になるのが非常に遅く(1871年プロイセン主導)、

繁栄と衰退の両面を経験しました。主な要因を整理します。

繁栄の要因

地理的条件

ヨーロッパの中心に位置し、ライン川などの水運と

交易路を押さえ、商業・工業が発展しやすかった。

教育と技術力

大学や研究機関が中世から発展。近代以降は化学・工学で世界をリード。

プロイセンの効率的な官僚制・軍事力

統一後の産業化と国家運営を強力に推進。

戦後の復興(ライン奇跡)

第二次世界大戦後、米国のマーシャルプランや自国の勤勉さで経済大国に。

衰退の要因

分裂状態が長期化

神聖ローマ帝国は分権的で「統一国家」として弱く、

近代までフランスやイギリスに後れを取った。

宗教対立(16~17世紀)

宗教改革後の三十年戦争(1618–1648)は国土荒廃と人口激減をもたらした。

二度の世界大戦

第一次世界大戦敗北 → ヴェルサイユ条約で多額の賠償・領土喪失

第二次世界大戦敗北 → 分割統治、冷戦下で東西に分裂

冷戦による分断(1949–1990)

東ドイツは経済停滞、西ドイツは発展、統一後の格差是正が課題に。

まとめ

ドイツの起源は**フランク王国の分裂後の「東フランク王国」**にある。

その後の「神聖ローマ帝国」が中世から近世までの「ドイツ世界」を形作った。

繁栄の要因は地理・技術・教育・勤勉さ、衰退の要因は分裂・宗教戦争・世界大戦。

統一は遅れたが、近代以降は産業と技術でヨーロッパの中心国家へと成長する

プロセスを経ています。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です