酒井弘樹野球部監督の以前の画像と暴力に至った本当の理由は?

高校野球部員を殴る蹴るの暴力事件をおこした

酒井弘樹監督は、元プロ野球選手であった

ことは有名になっています。

國學院大学を卒業して、ドラフトで近鉄に入団

しましたが、当時の活躍を覚えていらっしゃる

方も多くいらっしゃると思います。

そんな酒井監督ですが、どうして、このような経緯に

至ったのか調べてみました。

酒井監督の家族構成は

酒井監督の家族構成をしらべてみると、

以前テレビで放送された番組にて、夫人との

やりとりが紹介されています。

子供がいるかは不明ですが、奥さんはいるようです。

プロ野球現役時代と引退後の生活は

酒井宏樹監督は1993年にドラフト1位氏名で近鉄バファローズに入団

します。

1995年に一軍に定着し、主に先発、中継ぎとして活躍しました。

ところが、1996年には先発ローテーションの一角を担うも、

8勝15敗でリーグで最多敗戦投手となってしまいました。

1998年は怪我明けにもかかわらず60試合に登板して

防御率1.97という成績を残します。

ここまでは、波乱はあるものの、プロ野球投手として、活躍した

時代でした。

ところが、その後はプロとして生活はするも怪我に苦しみ、

2001年には阪神、2002年には台湾に渡るがほどなくして

プロ野球選手としては引退しました。

プロ野球を引退後は一般企業で働くものの、

金銭感覚などは狂ったままで、ギャンブルに溺れ、

高給飲食店で暴飲暴食を繰り返す毎日が

続いたそうです。

そして、奥さんへも暴力を振るうことも

あったようです。

そんな酒井監督を見かねて、奥さんが教師に

なることを進めたそうです。

その後に大学に再入学し高校教員免許を取得し、

2007年より高蔵高校の国語教師になり

そして、名古屋の私立高校の教師と野球部監督

にまで辿りついたようです。

なぜ暴力に至った本当の理由は?

暴行が発覚した日は部員のルール違反、すなわち携帯を差し出す

部員が少かったことがあり、暴行に至ったようです。

この部では、監督に携帯を差し出さなければならないルール

があったようです。

体罰が常態化していたわけではないようですが、これに激怒

してあれだけの暴力を振るったということは、画像や録音される

のが嫌だったとも考えられます。

酒井監督は、以前にも、引退後に荒れている時代があった

と述べましたが、自分をコントロールできない面もあった

ようです。

奥さんにも暴力を振った経験があったことから、逆ギレを

引き起こすタイプであったことは間違いなさそうです。

まとめ

野球部員も、いつもは優しい。けど怒ると自分を

抑えられなくなると証言しています。

ということは、日常的に起きていたこも

考えられます。

現在は反省し、自宅謹慎をしているとの事ですが

学校がどのような処分を出すのか注目です。

もしかすると、野球部の指導をすることは出来なくなって

しまうかもしれませんが、あの暴力映像をみると

もはや、体罰を超えた次元の暴力のようにも

見えます。

今後の行方に注目していきたいと思います。

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