立谷秀清全国市長会長のWiki的経歴と気になる息子と出身高校大学の偏差値は!

全国市長会会長の立谷秀清さんの報道がでています。

連合の会長さんに対しての失言があったようです。

ただ立谷氏は、経歴からしてもとても優秀な方

らしく今回はその立谷市長について調べてみました。

立谷秀清市長の報道は

全国市長会長を務める福島県相馬市の立谷秀清市長(70)が28日、

福島市で開かれた連合福島の定期大会で、連合会長に今月就任した

芳野友子氏について言及し、「今度の美人会長も楽しみにしている」

と発言した。衆院選の関連で29日に福島入りした芳野氏は記者会見し

「容姿に触れるのは今の世の中では許されないことだ」と批判した。

立谷氏は大会の来賓あいさつで、連合の前会長と過去に意見交換した

ことに触れる中で、初の女性会長となった芳野氏の外見に着目し、

「楽しみにしている」と述べた。立谷氏は人口減少を止める策でも

「女性には悪いけれど、男性の所得を上げないと

人口問題は解決しない」と持論を展開した。

連合福島の今野泰会長によると、立谷氏は29日に

「発言は軽率で配慮が足りなかった」と謝罪したという。

芳野氏は会見で「差別や不利がなく生きやすい社会にしていく

ことが連合に求められていると感じた」と述べた。

(出典:毎日新聞)

立谷秀清のWiki的経歴は

立谷秀清(たちやひできよ)

生年月日:1951年6月9日

出身地:福島県相馬郡中村町(現、相馬市)

1977年、医師免許を取得

公立気仙沼総合病院で初期研修を行い、

東北大学医学部附属病院・公立相馬病院にて

内科の内勤医師として勤務

1983年、立谷内科医院(有床診療所)を開業

1986年、立谷内科医院を医療法人化し、理事長に就任する

2009年、医療法人社団茶畑会 相馬中央病院となる

1995年、第13回統一地方選挙後半戦 福島県議会議員選挙に当選し、県議1期を務める

2001年12月、相馬市長選挙にて現職の今野繁さんに2000票以上の差をつけて初当選

2002年1月19日~現在、相馬市長就任

2018年6月6日、全国市長会会長選出

2020年6月3日に全国市長会会長に再任

以上が、立谷秀清さんのプロフィールや経歴です。

立谷清秀氏の出身高校大学は

高校は、宮城県仙台第一高校です。

こちらは県内有数の進学校で偏差値は60を

超えています。

そして大学は福島県立医科大学 医学部を

卒業されています。こちらは、言わずもがな

医学部ですから偏差値は70です。

立谷秀清市長の息子さんは

息子さんの陽介さんは、相馬高校→東京医科大学卒では

とネットでは言われていますが確かではありません。

おそらく息子さんも父親と同じく医者を目指している

可能性があります。

まとめ

今回は失言で報道されている立谷清秀氏について調べました

が、大学は医学部卒業で、医者であると同時に市長として

実績を積んできた方だということがわかりました。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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